イーアルカンフーのキックの音「パポー」あたった音「ボッ」

復活した日記と旧来の日記の詰め合わせです。旧タイトル「夢はネジコンをねじ切ること」「部屋とYシャツと私と俺とお前と大五郎」 現在毎日更新チャレンジ中。

みよしののファン向けの本が出るとのことについて

出るそうです。

 

hre-net.com

これから軽くディスりますがみよしのは好きです。食べますし。

うまいのはうまいです。夜中にもやってるのはありがたい

 

しかしだ、よく紹介されるような北海道のソウルフードでは断じて「ない」。

ソウルフード的なのは札幌の一部(狸小路とか琴似とか店古いところ)、要するに少し前までキャベツの浅漬けを小皿じゃなくてボトル(?)で出してたとこだけではないだろうか。

 

そしてファンも何もただのカレー&餃子屋であってそれ以上でもそれ以下でも無いと思うのだ。

いつ行ってもあっという間に出てくるカレー、もしくはちょっと時間がかかるが焼きたての餃子を食わせてくれる店。それじゃダメなんか。

ぎょうざカレーの食べ方指南なんて勝手に食わせろとしか思わないのだが、なぜこういう方向に進んでしまうのか。

噂によると今の社長さんが全国展開的なのに積極的との話も聞きますが、地元で根付いてるんだからいいのであって、そんな熱狂的な何かがあるわけではなのでは無いかと。

 

俺はゲーセン通いの傍ら狸小路のみよしののカレーにはお世話になり続けている。みよしののカレーは300回以上食ってるし、「狸小路500円満腹セット」なる2件はしごする満腹メニューなんかも考案してたくらいみよしののカレーも餃子も好きだが、ファンでは無い。

(※みよしのカレー(当時250円)とYESの地下にあった五十番の醤油ラーメン(当時250円)をはしごして食べるという荒業)

 

俺にとってみよしのはファンになるようなあこがれる存在ではない。

今そこにある、そしていつもあるぎょうざ&カレーの店だ。

それじゃだめなのか。

 

質実剛健、いつ行っても食える安心した味。

それでいいのでは無いだろうか。ファンも何もさ。なぜ煽る。

 

なんかみよしのが大衆におもねる方向に進化してて、かつてあちこちにあった持ち帰りみよしの(うちのすぐ近所にもあった)が大量に潰れまくったwikiなどには一切書かれていない過去や、あのリトルスプーンやら白い鯛焼き屋やらばり屋やらの大量増殖→大量消滅の事案になりそうで怖いわけですよ。

 

そんなわけで、みよしのはファンブックとか作るよりも店の営業時間変えたら看板やら玄関やらの営業時間も書き換えてくれ。