イーアルカンフーのキックの音「パポー」あたった音「ボッ」 そして部屋とYシャツと私と俺とお前と大五郎

現在毎日更新チャレンジ中。復活した日記と旧来の日記の詰め合わせです。

写真趣味が自分との戦いだと思うことについて

無趣味の人が年をとったら趣味を探したいというのを何らかのテレビ番組で見まして。

(何かは忘れた)

そのなかに「写真」というのが入っていたもので。

 

写真を趣味するのはいいとは思うんですが、すげー漠然としてますわな、写真。

ゲームとかみたいにルールがあるわけでもない。

草木育てるみたいに目標があるわけでもない。

己で目的を決める過酷な趣味。

 

そして綺麗な風景とか動物とか鉄道とか撮るのだとそこにいかなきゃならないし。

人物撮るなら撮らせてくれる人探さなきゃならないし。

街中の何気ない風景切り取るなら強烈なセンスがいるし。

 

なかなかに範囲が広いというかなんというか。

 

大量にデジカメ買っておいて一眼まで持ってて言うのもアレですが、写真とってどうするんだという。

機材にハマってカメラ自体の機能美を追求するようになればまたコレクター的に嵌れるんでしょうけど。

 

意味ないんですよ、自分で撮った写真って。だって誰もみねーし。

コンペティションに出すわけでも、おれ以外誰が見るわけでも無い謎の画像データがHDDにたまっていくだけなんですよ。googleフォトも有料になるし。

かつてのネガポジと違ってデジタルデータになるとトラブルでHDD消えたり保存期間終わったりするとセキュリティの関係上本当に誰にも目を触れずに虚空に消えていくわけですよ、その写真は。

 

写真の趣味はなんというか「この写真を撮ってどうするんだ?」みたいなものに気づくとおしまいだというか。

誰も見ない写真だけど「こういう写真を撮りたい」という自らの意思をどこまで貫けるかという戦いでは無いかと勝手に思っておりますが、どんなもんでしょう。

 

そんなこと言われても知らんがなという感じでしょうが。

 

というか、俺事態が写真は趣味では無いのでえらそうなことはいえませんが。

 みんなで趣味で牛乳キャップ集めようぜ。