イーアルカンフーのキックの音「パポー」あたった音「ボッ」

復活した日記と旧来の日記の詰め合わせです。旧タイトル「夢はネジコンをねじ切ること」「部屋とYシャツと私と俺とお前と大五郎」 現在毎日更新チャレンジ中。

小森まなみさんの活動終了との話について

最初にお詫びしますがマニア向けのネタかつ大ファンの方には申し訳ない感じです。

 

小森まなみさんが活動を終了されるとのこと。

マイクオフという表現を使ってらっしゃいますが。

 

ototoy.jp

 

 

 

知る人ぞ知る、今となっては結構な人が知らないかもしれないラジオのパーソナリティがメインで活動されてらっしゃった方です。

 

かつてmamiのRADIかるコミュニケーションという東海ラジオ制作で道内で流れていたラジオ番組がありまして。

面白ネタの合間にリスナーの方からの手紙を真摯に受け止めて自分の言葉で真剣に語るタイプの放送で小中高生向けにDJが語り掛ける系のラジオ。

 

自分も幼少期というか学生時代にラジオ聴いてました。

バンドのGLAYが流行ったときにメンバーは熱心なラジコミリスナーだという話が流れたり、手の甲にバンドエイドを張ってリスナー同士の輪をつくろうみたいのが流行ったり。(自分はやりませんでしたが)

 

なんか大ファンの方には大変申し訳ないんですが、自分は幼少期から心が大変に穢れてましたので「心と心のキャッチボール」とか「夢の方程式」とかは共感できないというか俺の全く心に響かなかったんですよ。

幼少期から無理なもんはなにをどーやっても無理だべやと思ってたタイプで、自らがダメ人間であることをいやというほど自覚しておりましたので。いろいろほんと申し訳ない。

ただ、番組は嫌いではなくなんとはなくわりと毎週聴いておりました。

なんかいわゆるアニラジっぽいのとかは少なかったからかなあとかかもしれないですし、違うかもしれません。

 

当時は札幌でイベントっぽいのが少なかったということもあり、ラジコミのイベントも見に行きました。そごうの屋上に。

今回のらずとイベントの写真を見てヤスさんが当時と同じ格好をしてるのに驚愕したりはしてますが。

 

 

 

そんなわけで熱心な聴取者でもなかったのですし人生が変わったわけでもないんですがが、いざおやめになると聞くとあーみたいな感じで。なんか表現が難しいですが。

体調不良というお話もちらほら聞こえますので、お大事になさっていただいて。

また気が向いたら同じ短波出身の大橋照子さんも斎藤洋美さんのようにラジオNikkeiの夜の枠なんかこそっと復活していただけたら俺が喜びます。