深く感銘を受けつつも共感できた話があったので。
こちらの文章。
後半のサウナの話はサウナーではないので正直なんとも言及しようがないんですが、最初の方の温泉の話には激しく共感できるところがあったので。
以下引用
加えて、「温泉は暇」というのが私の定説だった。今でも家で風呂に入る時は、ほぼほぼスマホを持ち込む。何かに迫られている訳ではない。情報が常に身近にないと、どこか怖いのだ。SNSじゃなくても構わない。YouTubeでなくとも構わない。漫画アプリでなくとも構わない。ナニ!という訳ではない。ただただ、情報という河川に常に体を浸らせておかないと、妙に居心地が悪い気がする。果てには薄い焦燥感がある。完全なる情報中毒だ。現代病だと言われればそうなのだろう。だから、「温泉は暇」なのだ。スマホを持ち込めないし、音楽も何も聴けない。おじさん達の世間話はエンターテインメントになりやしない。
以上引用
すばらしい。まさに言い得て妙。
自分はスマホネティブ世代ではないので風呂にスマホ持ち込むことはないけど、情報の海に埋もれていたいという気持ちは非常によく分かる。
家にシャワーが付く前の学生時分は湯船の横にラジオを設置してききながら入ってたし、いまでも自家用車の車内に新幹線のニュース表示する電光掲示板みたいな機能ができないかを真剣に考えてるくらい無駄な時間も情報に埋もれたいので、このあたりの無の時間の暇さはよく分かる。
そしていかなる時も無意味に情報を欲する気持ちはとても良くわかります。
そこで温泉と情報を両立させる露天テレビやサウナテレビですよ。
あえて。
風呂入りながら情報を入手。まさに最強のツールと言っていいかと。
筆者の方は後半部分でサウナテレビを否定されてらっしゃるようですが、無意味な時間なんてなくていいんですよ。
情報をあえて遮断なんかしなくても情報の海に溺れてしまえばいいんです。
しかも全裸ですよ。
家ですら全裸でテレビ見るとかなかなか無いのに。まさに開放感とともに情報の海へダイブ。
お湯の熱とともに全身の隅々に情報が染み渡る。
特に露天テレビ最高なんすよ。最近行った中では札幌市内の銭湯、湯屋サーモンの露天テレビは素晴らしい。
ギリシャのコロシアムで戦う剣闘士を見守る観衆のように、半裸にタオル一丁で日ハム-ソフトバンク戦を見守る人たち。
江戸時代のかわら版に群がる人たちのようにどうでもいい地域ニュースを見る者たち。
イニングごとに整然と人が浴室やサウナに消えていき、また新たな人が戦いのコロシアムや行き交う時の流れを見守る。最新の情報に一喜一憂しながらも、イニングやニュースの終わりという区切りには整然と従って行動する人間の美学。
しかもテレビから流れるその場限りの対して意味のない情報は脳内で処理されることなく体を貫通して過ぎ去っていくあの感覚。
自分でも何を言ってるのかさっぱり分からないですが、とにかく素晴らしい。
昨今のサウナブームで露天テレビやサウナテレビが悪者化される風潮がありますが、情報ジャンキーの一服の清涼剤として公衆浴場内でのテレビ放映を推進してもいいのではないでしょうか。
あとサウナにおいてあるテレビってあの高温をどうやって防御してるのか技術的にも気になる。